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タイ生活備忘録/その他

ペルー・ボリビア旅行記 -列車の墓場・ウユニ市街・リャマの群れ・塩工場-

前回の記事の続き いよいよウユニ潜入!!




ウユニ空港到着


ラパスから1時間位でウユニ空港に到着。

ただひたすら寒い

この旅の中でスーツケースのスペースの大半を占めている冬服は、このウユニのため。
標高の高いウユニでは、朝と夜の気温は氷点下近くまで下がる。
短パンで登った富士山を思い出す…

ヒートテックやフリースなどを着込んで到着するも、
常夏の国に住んでる我々にとってはいくらもがいても寒い…



凍えながらスーツケースの受け取り所を探すが、どこにもない。
あわわ…ってなっていたら、待合所に直接スーツケースを届けてくれた。
狭い空港のため、ベルトコンベアを設置できないしそもそもそこまで多くの人が来ない、ということなのだと思う。

ガイドさんと合流し、早速列車の墓場へ向かうことにした。



列車の墓場


もともとウユニはミネラルの産地であり、そのころは電車を使って運んでいた。

使わなくなった電車をそのままウユニに放置しているため、「列車の墓場」という名前になり一つの観光地になっている。

チリに続いているらしい

ラクガキをされて遊具になっている

長く続く

ブランコもあります
鉄が冷え切っててマジ冷たい

冷えきったところで朝食と食材を買いにウユニ市街へ



ウユニ市街


ウユニの街と言っても本当に狭い。
コンビニやスーパーなどの類はなく、商店とレストランと屋台がある感じ

当日はキリスト教の祭だったらしくこういったデコがいたるところにあった


おばさん

子供

親子

朝、おじさんが食ってたものが美味そうだった

カラフルな商店

ここで売ってるカレーぽいのがうまそうだった
この後「写真取るなら金よこせ」と言われた

街人


緑の店



Wella



リャマに会う


旅の目的でもあった大量のリャマに会うこと。
ウユニ塩湖に向かう途中でほぼ100%会えるとの前情報を頂いており、楽しみにしていた。

ウユニの街を出ると、すぐに何もない土の荒野が広がる。

リャマ注意!の看板にテンサョンアガる

リャマ注意の看板を眼にして数分後、ついに…!!

おお…

おおお…!

カメラ目線!!

はああああううううう

そこらじゅうを歩いている

前情報どおり、大量のリャマさんに会えた!!

でもアルパカ牧場の彼らとは違い、人には慣れていなくて、近づくと同スピード+1km/hくらいの速度で離れていくのが残念でもあり、可愛くもあった。

道中でビクーニャ(リャマの最高級種)にも出会ったが、相当なスピードで走っていて写真には収められず。



塩工場に訪問した


「塩工場〜?」とお思いだろうし、我々も時間の無駄くらいにしか思っていなかった。

が、しかし、工場といえど工場ではなし。結構面白い。

塩工場外観。味のあるラジオ、これ使えるのかしら…

塩を作る(と思われる)機械

従業員はこのオジサン一人

右手にある塩をビニールに詰めて、火で袋を閉じる

名前を残す手帳があったので、もちろん残してきた

工場っていうか、塩屋さん。

でもすごく惹かれてしまい、塩をここで10袋くらい購入(1ドル/袋くらい)。


塩工場の外はちょっとしたおみやげ屋さんがあり、そこでおみやげを買ったりリャマ肉を食ったりできる。

持参した鉛筆をあげて、写真を撮らせてもらった子供

子供の写真を撮る時などは、アメなどの小さいお菓子や文房具をあげると喜ばれる。
まだまだ経済的には潤っていない国のため、そういうものも喜ばれる。

チップだとあからさまだし、なんとなくコッチもモノを上げたほうが気持ちがいい。



塩の工場を後にして、いよいよウユニ塩湖に突入!!



次回へ続く



まとめ


  • ウユニの空港はトランクのベルトコンベアがない
  • 真冬の格好を持って行って挑む(朝と夜が冷え込む)
  • 飴や鉛筆などの文房具をあげることでチップ代わりになる

ペルー・ボリビア旅行記 -ラパス散策-

旅も架橋、最終目的地であるウユニに行くため、ボリビアに降り立つ

ウユニに行くには、まずラパスを経由する必要がある。



ラパス


世界で最も標高の高い都市として知られるラパス。

標高で言うと、3,800mにも達する。
空港について、スーツケースを引いてるだけでも息切れがする。
空港の所々に高山病の薬の広告が立っている。

ワゴンに乗ってラパス中心地へ向かう。

ロープウェイからの風景
空気が乾燥してると奥の山までクッキリ
写真:ガイドの落合さん

ラパスの街はすり鉢状になっていて、上に行けば行くほど貧困層が住んでいる。

最下部まで行くと、ホテルやレストランや教会などが立ち並ぶ中心街に着く。

ホテルにチェックインした後、ラパスをしばし散策。
前情報が恐ろしすぎて、カメラを出せなかったため、写真がない。

「カメラを出しているだけで狙われる」とか
「ひったくりにはホント注意して」とか。

でも、今思えば、場所を選びさえすれば色々写真とっても良かったんじゃないかと思う。
人がいる広場とかであればそこまで危ないようには見えなかった。




そろそろパンツのストックが切れそうだったため、パンツを探したが売ってない。
長旅でホテルに連泊しない人は、パンツを多めに持って行こう。

ラパスは酸素が薄い上に坂道が多く、すこし歩くだけでも息切れする。
嫁さんが自分のうしろでパーカーを少し引っ張りながら歩いていたのだが速攻「ちょっとそれやめて」と言ったほどだ。

街の感じはタイに似ている。
汚い道路、立ち並ぶ屋台、信仰深い人々(ここはキリスト教だけど)。
屋台にはアンデス民族衣装やアルパカのミイラなども売っていて見ているだけでも楽しい。



サンフランシスコ教会の前に広場があり、B-BOYみたいなニーチャン2人とその彼女が真ん中に座っている。
デカイスピーカーを持ち込んでmp3プレイヤー的なものでクンビアを流しているが、彼ら自体は何もしていない。

今は仲間を待っていて、そのうちHIPHOPのライブでも始まるんじゃないかと思って、休憩がてら階段に座り、襲ってくるハトや怪しい色のゼリーやアイスの売り子に耐えつつ彼らが行動するのを待つことにした。

が、1時間くらい待っても結局彼らは何もせず、ボリビア産のクンビアがずっと流れていた。。。


心も体も冷えきってしまった我々夫婦はホテルに戻り、非常食として持ち歩いていたペヤングとMAMA(タイのカップヌードル)を取り出し、フロントからもらったお湯を注いた。


南米特有の肉肉肉な食事に少し飽きていた我々にとって、この匂いはとても懐かしさを感じる。



ここで問題に気づいた。



箸がない。



MAMAには小さーいプラスチックフォークがついている。これで食べるしかない。
だが、ペヤングとママー両方にお湯を入れてしまっている。

小さいフォークを使ってペヤングとママーをひとすすりずつ食べては渡しを繰り返し、無事に完食。



明日は4時起きでいよいよウユニ。

朝食は6時からのため、フロントに行って「コーヒーと軽食を用意しておけないか」と木の実ナナのような髪型のオバチャンにリクエストしたら、「オッケー、まかしといて」的な事を返してくれた。

リマでの一件もあったため、期待はしないようにした。



カップラーメンの懐かしさで満たされた腹と無事に食いきった安堵感から、早めの床についた。



ウユニへ移動


朝4時に起き、チェックアウトのためフロントへ。
カウンターで爆睡しているオジサンを起こし、チェックアウトを済ませた。

カウンターの人が昨日お願いした木の実ナナヘアーのオバチャンではない時点で嫌な予感はしていたが、もちろん朝ごはんは用意されていなかった。

快諾してくれただけで嬉しかったよ、昨日の木の実オバチャン。



迎えに来てくれたガイドさんと一緒に空港へ。ウユニに向かう。

空港には普通にこういう民族衣装のオバちゃんがいる

小型機で飛びます!

機内の様子 寒い

ただひたすら機内の寒さに耐えながらウユニへの到着を待った。



次回へ続く



まとめ


  • ひったくりには十分に気をつける
  • 酸素が薄いため、ゆっくり歩いたほうが良い
  • ウユニが目的地であればラパスでは無理をしない。しっかりと休憩をとる
  • 安くパンツを買おうとするとなかなか売っていない

ペルー・ボリビア旅行記 -マチュピチュ・ワイナピチュ-

新婚旅行から1年立ってしまったが、半ば自分の義務として記しておこうと思う



マチュピチュの観光までの工程


・リマ→クスコへ移動
・クスコ市街からオリャンタイタンボ駅まで車で移動
・オリャンタイタンボ駅からペルーレイルに乗りマチュピチュ村へ。ホテル前泊
・翌日マチュピチュ観光、ワイナピチュ登山



オリャンタイタンボ駅までの車移動


クスコから移動すること約1.5〜2時間。

どローカルな村の風景やアンデス山脈を眺めながら駅に到着。
(ワゴン車での移動でろくな写真がないため、省略…)



ペルーレイルに乗りマチュピチュ村へ


予めツアー会社に手配してもらったチケットを受け取り、ペルーレイルに乗り込む。

ペルーレイルには荷物制限があり、1人あたりリュックサック1つ分の荷物しか持ち込めない。

そのため、クスコの宿へスーツケースを預け、必要最低限の荷物を詰めてマチュピチュに向かう。
シャーマンの村で買ったコーラは忘れずにパッキング。

ペルーレイルに乗り込む。我々は夜の移動

道程は素晴らしい景色らしいのだが、夜のため何も見えず。
加えて、シャーマンに色々言い当てられた驚きと、悪路の移動から疲労が爆発し、夫婦共々爆睡。

そこから2時間弱すると、マチュピチュ村へ到着。
線路沿いに並ぶ一角のホテルに前泊。

本当に疲れていたようで、何も写真が残っていない…



いざマチュピチュへ


朝6時頃起床し、朝食を済ませていざマチュピチュへ。

マチュピチュ遺跡へは、専用バスのチケットと入場券が必要。

入場券やバスチケットはすべてOOTさんに手配してもらっていたので詳しい手配方法はわからない。

バスに乗って山道を30分ほど登って行くと、入り口に到着。
入り口からはマチュピチュ遺跡は何も見えない。

入り口から5〜10分ほど坂道を登って行くと、皆様も見たことがあるであろうあの風景が眼に飛び込んでくる。

おお…ガイドブックでよく見るポイントだ!

暫く見とれた後、ガイドさんの説明を聞きつつマチュピチュを散策。
こんな標高にこんな文化が発達している村があったという事実。

本当に神秘的。

カンボジアのアンコールワットやタイのアユタヤ王朝遺跡なども見てきたが、
マチュピチュには発達していた文化があった、という点が他の遺跡と違っている。

他の遺跡と違い「人々が住んでいた」という生活感がなんとなく感じられるのが面白い。


綺麗に続く段々畑

クルッとなっている部分は太陽の神殿
日の出の太陽光が最初に差し込むように設計されている

石切り場

石を切る方法
木を打ち込み、水を指して木を膨張させて石を割っていたという

向こう側に見える山と同じ形をした石

コンドルが羽ばたいているように見える石

野生の親子リャマさん(カメラ目線)、失礼します!



ワイナピチュ登山


はぁ〜と溜息をつきながらマチュピチュを散策した後は、ワイナピチュ登山。

ワイナピチュの山頂からは、もっと高い位置からマチュピチュを眺めることができ人気の観光ルート。
時間と人数制限があり早い時間に行かないと登れないとのこと。


「で、どこに登るんですか?」とガイドに聞くと、
「アレですよ、アレ」という。

えっ、絶壁じゃね!?


この山だったのか…(調査しなさすぎだろ)

かなりの勾配が想像されるため少し怯んだが、シャーマンのコーラを流す作業も残っている。

もちろん快諾して、いざ登山へ。

登山口 行列ができる

もはや登山道ではない場所もグングン登る

こんな感じの勾配の階段を登山下山

登山の途中で山道を少し外れ、シャーマンの街のコーラを流す。
なんとなく邪気が流される気がする…

で、また登山に勤しむ。
ここで相当落ち込んだのが、自分以外の人間は息切れしながらも結構平気で登っているのに、自分だけは相当しんどかった事。


もう本当に登頂できるんだろうか…と挫けそうになっていた時に

「almost!! (そろそろだよ!)」

みたいな優しい言葉を色々な国籍の方々からかけられた。


相当しんどい顔をしていたんだろう…
タイに転勤してから本当に歩くこともなくなったことが影響してなのか、本当に体力の衰えを感じた。

それでもなんとか登頂。ハイパー汗だく

日本にいた時に所属していたヌルマユの横断幕と共にパシャッと

山頂の岩の上から 高い!

山頂の看板

ワイナピチュは時間があったら登ったほうが良い。
マチュピチュを見下ろす開放感がハンパない。

下山後、悔いの無いようマチュピチュをもう少し目に焼き付け、後にした。



インカマッサージを受けた


マチュピチュ入り口にある唯一のホテルでランチビュッフェを食べ、村までバスで下山。

クスコに戻る帰りの電車まで時間があったため、ガイドに時間の潰し方を聞いてみたら、マッサージ屋があるとのこと。

しかも「インカマッサージ」という未体験ニュータイプであり、しかもそのマッサージ屋にはシャワーがあると聞き、行くしかない!ということでマッサージ屋に直行。

シャワーで汗を流した後、インカマッサージでリラックス。

熱くなった石を乗せて筋肉をほぐしながら、揉むタイプのマッサージを受ける。
大体50ドル/1hr だったと思う

マッサージベッド

熱い石で各部を温めてくれる

店の看板犬も自由に移動

疲れていたことはわかっていたものの、マッサージを受けた後の回復具合が半端無かったことから、想像以上に体が疲れていたのだとそこで気づく。

旅の途中でのマッサージは時間がもったいないようにも感じられるが、むしろこういう歩くツアーが主体の旅行であれば、健全に旅をするためにはオススメしたい。



ペルーレイルとバスでクスコへ


HP・MP共に全回復したところでまたペルーレイルに乗ってクスコに戻る。
今回は昼の移動のため景色も見える。

線路沿いで遊ぶ子供

こういう道を線路で突き進む サボテンカワイイ

こんな人も登場する

一緒に踊ろうと巻き込まれ戸惑うオバちゃん
このあと嫁さんも巻き込まれた

オリャンタイタンボ駅 こんなカワイイ駅だったのね

オリャンタイタンボ駅で下車し、バスでクスコに戻る。
荷物を預けていたホテルにチェックインし、泥のように眠る

泊まったホテルはMidoriという名前
日本人が経営しているらしい

素敵な中庭
チェックイン待ちの際にコカ茶を頂く
コカ茶は高山病の予防にもなるらしい

インカ時代の神秘と、自分の体力の衰えに驚きっぱなしのマチュピチュであった。



まとめ


  • マチュピチュはほぼ登山のため、登山の格好をオススメする
  • ペルーレイルはリュック1個分の荷物制限
  • ペルーレイル、バス、入場権の手配は事前にすまそう
  • 時間とお金を惜しまず、マッサージは受けると良い


ペルー・ボリビア旅行記 - クスコが素晴らしい街だった-

なマチュピチュの前に、ちょっと休憩する場所くらいに思っていたクスコ。

クスコの街全体が世界遺産であることは、
旅の前の調査の際に情報を入手したが、
期待をしていなかったというか、なんとなくノーマークだった。

だけど、やっぱ世界遺産と言われるだけあった。
旅の中でもかなりトップクラスの素敵さ。
景色が素晴らしい。

標高の高さが影響しているのか、空が近い。


アルマス広場

インカ時代のクスコはジャガーの形をしていた
(と説明を受けた気がする)

歩いているだけで気持ちいい街並み

路地はどローカルな部分もあって余計にGood

とにかく空が近くて青い

おいしそうなスープ屋

警察署(だと思う)もシャレてる

配達屋もファンキー

ワーゲンバスも映える

路上果物屋

アルマス広場がとにかく座ってるだけで気持ちいい

犬 酸素足りてる?

空がヤバイ

歩いてるだけでワクワクする

こういう民族衣装の方も普通に歩いてる


アルマス広場が素敵すぎて、ずっと座っていたかった。
昼食も、広場が見える適当なレストランで済ませて、思う存分ボーッとした

で、アルパカ100%製品を買いたいとガイドさんに伝え、お店を教えてもらった。
そこで買ったのがこれ。素敵な顔のアルパカ人形。モッフモフである。

アルパカ100%!!

リャマを連れたアンデス衣装のおばちゃんと女の子がいたので、
チップをせびられることは前提で写真を撮った。
まぁ、1ドルくらいのもんだろう。ガイドもそう言っていた。

…と思っていたのだが、日本人ナメられた。1人20ドルくらい払わされた。
当時、先般のエクアドル事件も記憶に新しく、
南米=ゴネる→殺される、的なイメージがあり、値切ることができなかった。

まぁ、これも勉強代。終わってしまったものは仕方ない。
アンデス山脈の方からはるばるクスコまで出稼ぎに来ていると思えば、
こういう風に騙される観光客が何人かいないと割に合わないだろう…

そんなことは吹き飛ぶくらい、街が素敵。
街並みや住んでいる人を見ているだけで飽きないし、何を見てもかわいい。
クスコ、今度来る時は何泊かしてゆっくりしたい。

っていうか、絶対また来たい。

タイで運転免許を紛失した→再発行した

前回、タイで運転免許を取得した事を下記記事にしたが、

meehaa.hatenablog.com

 早速紛失した。財布ごとスられた。
しかも、普段行くことなどありえないRCAのチャラ箱にて…

慣れないところは危険がいっぱい。
逆に、いつもお世話になっているパーティーピーポー達は本当に安全でフレンドリーで優しくて、ということを実感して、彼らの優しさと自分の情けなさに涙が出てくる。

落ち込んでいてもしょうがないので、まず紛失した際にどうすればいいのかGoogle先生に聞いてみた。

そしたら、意外に再発行は簡単そうだ、ということが発覚したので、ちょうど会社が休みの平日だった日に再発行へ行ってきた。

 

必要なもの

  1. 紛失届
    警察署にて発行してもらう

  2. パスポート原本
    コピー箇所が分からなかったので、原本だけ持って行って現地でコピーした

  3. 発行手数料
    300バーツ以内

これだけ。

もしあれば、免許証のコピーや写真があると便利。
記載されている番号によって本人確認の照合ができるため、再発行までの流れがスムーズになるとのこと。

 

警察署に行く

まずは、警察署で紛失届を発行してもらう。

「免許証をなくした」といえば、作ってくれる。
タイの旅行者には同じような被害を受ける人も多いようで、(自分で酔っ払って無くしたと思われる人も含めてね)すぐに紛失届を作る手続きに着手してくれる。

無くした場所を聞かれるので、警察署の近くと言っておこう。 
なぜなら、もし無くした場所が訪問した警察署の管轄外の場合、「発行できない。管轄の警察署に行け」と言われてしまう。

ここでの目的はあくまで紛失届の発行であって、落し物を見つけることではない。
落し物を見つけたいのであれば、その管轄の警察署に行くべきだが、まずタイで見つかることはない。

無くしてしまったものは、みんなのものである。ここは割りきって心で泣き、「この近くでなくしたんです」と打ち明けよう。

 

陸運局へ行く

前回と同じ陸運局に行った。
書類は、先述の通り紛失届とパスポートのみ。

で、同じように受付で「再発行」と伝えて書類を確認してもらって、パスポートのコピー箇所を指示してもらう。
その際、「ワークパーミットは?」と聞かれドキッとしたが、「今日は持ってきて無いです」というと、「あー。。。OK」との事。
そこらへんは、あると便利、的なことなのだと思う。

指示された窓口に持って行って、番号札を受け取り、待つ。
電光掲示板に自分の番号が表示されたら、写真を取って、発行手数料を払って(300バーツ以内)、発行されて終了。
メッチャ簡単。

書類関係に、大使館発行のものや病院発行のものがいらないので助かった。

 

まとめ 

  • 警察署発行の紛失届は必要
  • パスポートと紛失届だけで再発行可能
  • 免許証のコピーを持っていると便利らしい

簡単なのはとても嬉しいのだが、もう2度とこんな体験したくない。
財布の中身を思い出すだけでも大変だし、クレジットなどのカードを止めるのも簡単だけど面倒だし。

夜遊び外出時には、必要最低限のものだけ持ちだそう、と、決心した出来事であった。 

 

タイで運転免許を取得した

タイの運転免許証を取得した。
正確に言うと、日本の国際免許を使って、タイの現地運転免許を発行した。

結果的には、正式な在住者であれば相当簡単だったので、記しておく。
国際免許証の期限が切れそうな方には、是非オススメしたい。

 

当方のスペック

  • 労働許可証(ワークパーミット)所持者
  • 有効期限内の国際免許証を持っている(普通免許、自動中型2輪)
  • 国際免許証をタイの免許に切り替えたい

 

用意した書類

  1. 労働許可証(ワークパーミット)原本とコピー
    写真ページ、有効期限、現住所記載欄

  2. パスポート原本とコピー
    写真ページ、有効期限内のノンイミグラントビザページ

  3. 国際運転免許証原本とコピー
    日本で発行したもの

  4. 健康診断書
    タイの病院・クリニックで発行。1ケ月内のもの。

  5. 発行手数料
    詳しくは覚えてないけど300バーツ以内。


これに当てはまらない場合

自分のスペックと違う方はここを参照して書類を揃える。例えば、

  • 国際免許を持っていない人=運転免許証と翻訳証明が必要
  • 労働許可証を持っていない=在留証明書が必要

など、レギュレーションが変わってくる。


注意点

バイクと車の免許が欲しい場合、申請書類のコピーは2セット必要。

というのは、タイの免許証は、車とバイクで1枚ずつ分かれており、免許証1枚ごとに必要書類を1セット揃える必要がある。

コピーは不足していても問題ない。
受付けで確認してもらって足りなければ、陸運局内にコピーサービスがあるし、安い(1バーツ/枚)。

最悪、上記の原本さえ持って乗り込めばなんとかなる。
受付も、なんとかかんとか英語で話してくれるし、足りない部分は指差しで指示してくれる。

 

健康診断書の取得

サミティベートなど日本語が通じるところに行けば全く問題ない。

「運転免許を取るため健康診断書を作りたい」と言って、作ってもらおう。
ただし、サミティベで取ると非常に高いとのこと(500バーツとか?)
自分はバーンチャック駅近くのクリニックで発行。100バーツ以下でした。

健康診断書の必要検査項目は、申請するものによって違うらしいので、ちゃんと運転免許証であることを伝えたほうが良い。

 

陸運局に行く

バンコクには陸運局が数カ所あるため、自分の都合が良い場所に行くと良い。
自分はスクンビット99と101の間の陸運局へ行った。

他の陸運局はここを参照。
土日祝日は休みなので要注意。

 

受付で書類をチェックしてもらう

揃えた書類を持って、受付へ。

 

陸運局入り口
ここ入ってすぐ左手の受付に書類を見せよう
入ってすぐ左手の受付…なんだけど
人が多すぎて見えない。物怖じせず訪ねよう

受付で書類を確認してもらって、書類が足りているか確認。

車か、バイクか、両方か、と質問されるので、ほしい免許証を言う。
私の場合は「両方です」と、車とバイクの運転のジェスチャーをつけつつ説明。

先述したとおり、コピーの内容が足りない場合は、陸運局内にコピーサービスがある(1バーツ/円)ので、心配することはない。

 

書類を窓口に持っていく

指示された窓口に持って行き番号札を受け取る。

スクンビット陸運局の場合、
8番に持って行くことが多い模様

めっちゃ並んでいるように見えるのだが、目的によって列が違う模様。

まずは列に関係なく図々しく窓口まで進んで、書類を出してみよう。
そうすれば「並びなさい」と言われるか、書類が受理されるか、確かめることが可能。

もし列に並び続けて、無駄になった時間は、自分の語彙力を恨むしか無い。

検査室近くの椅子に座って、自分の順番が来るまで待つ。
スクンビットの陸運局は激戦区。根気よく待とう。

待ちます。
待ちます!!

 

検査を受ける

自分の番号が含まれた看板が出たら、検査部屋に入り検査を受ける。

反射神経
アクセルとブレーキを想定したペダルがある。
アクセルを踏むと緑のランプが点灯。赤のランプに切り替わったらブレーキを踏む。
赤のランプにメーターがあり、メーターが満タンになる前にブレーキを踏む。
前にいた外国人は、足が震えて何回も失敗してたけど、何回もやり直ししてたから恐れることはない。

遠近感覚
数メートル離れたところにある2本の棒を、コントローラーで前後に動かし横一列に揃える。
実際やっててわかりづらかったけど、あんまり厳しくないと思う。

視野
テーブルの上に顎を置き、視界の横にパパっと出てくる色を答える。
目を動かすと怒られる。

(■色盲)
別の部屋で色盲を受けてる人もいたが、自分はやらなかった。
どういう分け方をされているのか、ランダムでサンプリングされているのか、不明。
まぁ、そこはタイランド。

無事検査を通過したら、今度は免許発行場所の近くで、電光掲示板に自分の番号が表示されるのを待つ。

 

免許発行

電光掲示板に自分の番号が表示されたら、指示された番号の机に行く。

ここでいきなり写真撮影され、その写真が免許になるので、待っている間にトイレに行って身だしなみを整えよう。

写真撮影が終わると、支払いし、免許発行にて完了。
ここまでの時間、約4時間。

右上に、バイクと車の識別の文字が

ネットで調べていたところ、国際免許からタイの免許に切り替えと書いてあったため、免許発行とともに国際免許は穴でも空けられて使えなくなるものと思っていたが、
国際免許は無傷で戻ってきた。

つまり、書き換えではなく、純粋に発行ができるということだ。
日本の運転免許証も無傷で戻ってくると思う。恐れなくてOK。

朝から行くと、筆記とか実地試験をする人もいるので混んでいるのかもしれない。
午後から行かれた人は、書き換えなら1時間位だったという記事も読んだ。
私はチキンなので、朝から行った。

あと、免許はコピーを取って保管しておくと良い。
別記事で書く予定だが、紛失した際の再発行時に使える。
コピーを持っている=免許証の番号を控えていると、再発行の際の照合が早く済む。

 

取得してよかったこと

今のところ、あまりない。
国際免許を安く更新したイメージだけ。
というのは、バンコクでは運転する機会がないし、マナー的に危険なので怖い。

今後想定するメリットとして、

  • 日本発行の国際免許証よりも発行手数料が安い
  • タイで国際免許証を発行できる=安い
  • 身分証明書がパスポートコピーではなくなり、優越感にひたれる
  • チェンマイなどの田舎で威力を発揮(早くバイク乗りたい)

などがある。
早くチェンマイでMSX125に乗ってみたい。

期待していたけど都市伝説だったのは、
タイでバイクの免許を取って、日本で切り替えると大型が乗れる
というウワサ。
日本の免許に切り替えても、中型までだそうです。

ということは、気をつけなければいけないこととして、
日本の大型2輪免許の所有者は、忘れずに日本で更新したほうが良い、ということ。

 

まとめ

  • 健康診断書を発行する時は「運転免許証のため」としっかり言う
  • バイクと車の免許が欲しければ、コピーは2セット用意
  • 陸運局は8時半~17時まで。土日祝日休み
  • コピーが足りなくてもその場でコピー可能
  • 言葉は通じなくてもなんとかなる
  • 検査は失敗しても再チャレンジできる
  • 日本発行の免許は無傷で戻ってくる=書換ではなく新規発行
  • コピーを取っておくと、紛失した際に再発行が容易

兎にも角にも、日本発行の運転免許か国際免許を持っていて、タイ在住者である証明さえできれば、簡単に発行可能。

アトラクション感覚で陸運局に行き、思い出替わりに作っても無駄にはならない。
と、私は思います。

 

ペルー・ボリビア旅行記 -シャーマンの村、Huasaoで占ってもらった-

クスコに立ち寄った際、ひょんなキッカケでシャーマンの村、Huasao(ワサオ)に訪問した。
そして、本物のシャーマンに占ってもらった。

なんで行ったのか

Huasao訪問は、ペルー人のガイドさんの提案。

当初、我々夫婦はクスコは休憩場所として考えていた。
代理店との事前やり取りの中では、コリカンチャサクサイワマンといったガイドブックにも載っているある程度有名な遺跡のツアーが組み込まれていたが、ネットで情報を調べた結果、特に琴線に触れなかったためだ。

翌日には遺跡最高峰のマチュピチュに行くし。
街全体が世界遺産であるクスコの雰囲気を楽しんだほうがいいんじゃないか、と。

ということで遠出はせず、休憩がてらクスコの街を歩いてブラブラする、という計画にしていた。

それをペルー人の現地ガイドに伝えると、
「いやー、良い街だけど狭いし、暇になるよ。僕もどうせ暇だし、どこか連れて行きますよ?」
ということで、何個か候補を挙げてもらい、Huasao訪問が追加されたのだった。

我々夫婦は占いの類は一切信じないし、浪費した事も勿論無い。
そのペルー人ガイドさんも、少し前までは全く興味を持っていなかったらしい。

が、ある日、シャーマンに占ってもらった時に失業や離婚を言い当てられ、それ以降信じるようになったとの事。

それをゴリ押ししてくる人だったら信じなかったのだが、
控えめなガイドさんだったので、なんとなく信じてみようと思った。
(※あくまで契約ガイドさんであることが前提。通りがかりの人ではないです)

シャーマンの知識なんて、ビックリマンのシャーマンカーンとジャンプコミックのシャーマンキングくらいしかない。
まさかこの旅の中で本物に会えるなんて思ってなかったし、その専門家の村が存在しているとも思っていなかった。

想像もしていないプランだったが、結構心が踊った。
占い自体にではなく、シャーマンの村という響きがとてつもなくカッコイイ。

  

Huasao到着

クスコの街から車で1時間弱走ると、Huasaoに到着。

村と聞いていたので、土の道に藁葺きの小屋が点々とした風景を想像していたが、確かに田舎ではあるものの、道も家も電気もある。

でも、なんか、到着した時点から、ちょっと空気が違う。
張り詰めたような緊張感があるし、街全体がやけに静か。 

山に面した集落

人気(ひとけ)が少ない

ゴミ箱

子連れのお母さん発見

みんなシャイ

静かな村で、少し空気が違う感じは夫婦ともに感じていた。

  

シャーマンを訪ねた

ソリッドな鉄のドアに独房のような窓があるだけの、そんな感じの無機質な家が並んでいる。
これらがシャーマンの家なのだという。

訪問当日は土曜か日曜でシャーマンも休みの日だったらしく、お目当てのシャーマンには会えなかったが、その日に占ってくれる方にお願いすることにした。 

シャーマンの家1 

シャーマンの家2

鉄のドアの一つが開くと、クシャクシャの普段着のおじさんが出てきた。
何か助手的な人なのかもしれない。

そのクシャおじさんに案内されて一軒家の中に入ると、ヒンヤリした何もない正方形の部屋になっていた。

壁に木のベンチだけが置いてある。待合所になっているっぽい。
その待合所から通じる部屋が占い部屋になっていて、一人ずつ入って占ってもらう。

最初は自分から占ってもらうことになり、奥さんは待合所で待機。
シャーマンはケチュア語という民族の言葉を喋るため、ガイドさんに同席してもらい通訳をしてもらった。 

 

占ってもらった

占い部屋に入ると、コカの葉っぱや十字架やロウソクなどなど、いかにもな占い道具が並べられており、いよいよ、といった雰囲気。

さて、どんな格好のシャーマンが出てくるんだろう… 

想像していたシャーマン。

これ、インディアンですよね

と思ったら、クシャおじさんが椅子に座り、占いを始めた。
普段着のクシャおじさんが、シャーマンだったのだ。

一気に胡散臭さを感じざるを得なかったが、もう後には引けない。
でも、むしろこういうスタイルのほうが現実味はあるのかもしれない。
そう思い込んだ。

袋に入っている乾燥したコカの葉っぱをテーブルに投げて、そのうち1枚を手に取り、シャーマンがおもむろに喋り始めると同時に、ガイドさんが通訳開始。

そして、通訳されたコメント聞いた瞬間から、疑いの心は木っ端微塵に破壊された。



怖い…

言う事言う事が、とにかく当たっている。


 

どういうトリックなのか?
はたまた、本当の能力なのか?
すんごい当たってる。マジでなんなの。

一通り家族の近況や仕事の現状をズバズバと言われ、絶句。
ちょっとでも疑ってゴメンナサイ。


その後、コカの葉っぱやタロットを使って今後の家族や仕事の占いは進む。
あとは自分が聞きたいことを聞けばなんでも占ってくれるのだが、結構悪いことだったり良いことだったり、ズバズバ言ってくる。

近況を完全に言い当てられた後のコメントは、良いことも悪いこともかなり刺さった。

良いことしか信じない。
悪いことは信じないが、気にはしておこうと思う。
もう、そうとしか言えない。

シャーマン「聞きたいことはもう無いか?」
俺「はい、無いです。」
シャーマン「じゃ、立って」

そう言うと、生卵を持った手を俺の頭に触れながら喋り始めた。
その時は通訳もなかったから、何を言っていたのかはわからない。
日本で言うお経のようなものなのかもしれない。

「このまま生卵を頭で割られたらどうしよう・・・」
とか、しょうもない事を考えていた。

で、ひと通り終わると、水の入ったコップにその生卵を割って入れた。

入れた際に出た泡や白身のメラメラした輪郭を見て、
シャーマン「これはさっき話した⚪︎⚪︎の悪い部分だ。かき混ぜれば治るからな」
と一つ一つ説明してくる。
はい、お願いします(すでに信じ切ってる)。

 

黄身をかき混ぜるコップをボーッと見ていたら、次の一言で戦慄。

シャーマン「上半身ハダカになって、下もズボンを下ろしなさい」



えっ!マジかよ!!
この場所でパンツ一丁になるわけ!?


その他にも、

黄身をかき混ぜたコップの中のこれ、かけられんの!?
とか、

焼き印とかされんの!?
とか、

色々な想像が一瞬にして駆け巡ったが、
一番不安だったのは、奥さんもコレやらされんのか!?ということ。

俺が待っている間は、占いの部屋は奥さんはシャーマンとガイドさんの3人になる。
それが不安だったが、何かあれば部屋に飛び込むしかない。
とりあえず、自分のミッションを終わらせよう。

だが、そんな不安は杞憂に終わった。
パンツ一丁の状態でやらされたことは、大した事ではなかった。
シャーマンが新たに取り出した瓶の中に入っている液体を全身に浴びること。
聖水のようなものなのかもしれない。単純に服が濡れるから脱がされたのだ。
生卵は一切関係無かったことがわかり、一安心。

その聖水的なものは、レモングラスと強烈な揮発性液体(アルコール?)を混ぜたものだと思う。ヒンヤリして、いい匂いだし気持ちいい。

最後はそれを掌に注いでもらい、顔に塗り、手のひらに残った匂いを鼻で一気に吸う

アルコールの揮発性物質が気管に入り、咳き込みそうになるのを我慢した。
すると、「咳き込むのを我慢しないで。咳き込むのがいいんだ。」とシャーマンが言った。
咳き込むことによって邪気を吐き出すのだという。

その後は存分に咳き込みながら吐き出し、涙目になったところで終了。
この浴びたものは、一晩は洗い流さない方が良いとのこと。

これで、シャーマンの面談は終了。
服を着て待合室に戻ると、咳き込んだ声を聞いていた奥さんが少しびびっていた。

奥「びっくりした、何があったの?」
俺「大丈夫大丈夫、ちょっと服脱ぐかもしれないけどビックリしないでね」

とだけ伝え、奥さんが占いの部屋に入って行った。
で、最後に案の定咳き込んでた。

終わった後に聞いところ、女性はキャミソールになるくらいまで上着を脱ぎ、下も脱ぐことはなかったとのこと。一安心(そのかわり、服はビチョビチョになっていた)。

外部写真だけど、まさに占ってもらった部屋とか風景はこれと全く一緒。 

コカの葉っぱとキリスト沢山

 

裸になって生卵を当てる風景

シャーマンが話した内容は、夫婦揃って、色々当たっていた。
一つだけ紹介すると、占って貰ったシャーマンは、俺の癖を言い当てた。

  • 寝言
  • 寝ていて急にバッ!起きる癖

隣で寝ている奥さんを悩ませていた厄介な癖。
これを言い当てた。マジでビビった。

そして治した。マジでビビった。

寝言は帰国後に起こったハプニング以降再発したが、急に起きる癖は未だおさまっている。
神の力なのか、それとも心理的なところを操作したのかわからないが、言い当ててさせないようにする技術?能力?は、半端ない。

Huasaoの街を出る前に、ガイドさんが
「ここでコーラを買いましょう。マチュピチュに持って行って、どこかで流して身を清めましょう」
という、なんかすごく良い気がする事を話したので、そのとおりにした。
Huasaoの売店でペットボトルのコーラを1本ずつ買い、持ち帰った。

往復3時間くらいの旅だったけど、ものすごい印象に残った村だった。
この旅で訪れた街の中では、一番海外を感じた部分かもしれない。

案内してくれたガイドさんに感謝。


まさに信じるか信じないかはアナタ次第だけど、クスコ訪問の際に時間の余裕があるなら、Huasaoに行ってみると面白いと思う。

 

 

まとめ

  •  クスコからHuasaoは、片道1時間弱
  • ガイドさえいれば、訪問は難しくない。
  • 土日は休んでいるシャーマンも多いが、占ってくれる人もいる
  • 信じるか信じないかは、アナタ次第