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BKKK

タイ生活備忘録/その他

#私を構成する9枚

 

なんか面白そうなハッシュタグが流行っていたので、流行りに乗ったついでに思い出に浸ってみました。

わたくし、こういう自己満足を記録に残すの大好き。

構成している、というよりは、何かしらのキッカケになった着火剤という視点で選んでみました。
では、長いですが、もしよければ最後までお付き合い願います。

 

さんだる/たま

当時小5。

恐らく、自分の偏った音楽遍歴が始まった瞬間。
当時小学5年生で、中の良い友人がこのアルバムを持っていたことがキッカケ。

それまでとんねるずの歌とゲームのサントラしか聞いていなかったのだが、友人と一緒に聞きながら歌っていたところハマってしまい、毎日聞いていた記憶。

きっかけはそんなもんだけど、いま聴いても一切古いとは思わない。
たまはその後のリリース作品「ひるね」「きゃべつ」も名盤で、素晴らしいアコースティック集団だと思います。
バブル時代ならではのハイクオリティなマスタリングなのか、音質もかなりクリアー。

 

THE DAILY GRIND / NO USE FOR A NAME

当時中2。

メロコアにドハマリしたキッカケの1枚。
姉の部屋に忍び込んで、かっこよさそうなジャケットをくすねて聞いていたCDの1枚だった。

UNTIL ITS GONEのイントロで、X-JAPANみたいな曲が来ると思ってたら、TOSHIとは似ても似つかないTONYのヴォーカルで始まってずっこけた。
当アルバムのTONYの声は、晩秋のNUFANと違って音程が不安定だったし声が太かった。

でも、1曲1曲が異様に短くスピーディー、かつ曲間のギャップなし(当時のCDは曲間に2秒位のギャップが入っているのが普通だった)でノンストップで進む構成が、中2の私には衝撃的でのめり込んでいった。
レコーディングの知識などみじんもない当時は、「このアルバム、全曲通しで録音したんかな…」とか考えていた。

その当時、こういった洋楽は輸入盤しか存在しておらず、原宿のHMVまで買いに行っていた。
それが自分の初めての原宿でもあった。

カツアゲされると思って靴下に紙幣入れてました。

一番聴きこんだメロコアのバンドはBAD RELIGIONだが、キッカケを作ってくれたNO USE FOR A NAMEということで、彼らに敬意を。

 

ANGRY FIST / HI-STANDARD(輸入盤)

当時高2。

中2以降、スキャットマンやユーロビートに寄り道しつつ、洋楽のメロコアを漁っていた。

要は、こじらせて日本の曲を意識的に遠ざけていた。

で、たまに雑誌で見かけるイチオシ、HI-STANDARDというバンド。
試しに買ってみて洋楽かと思っていてジャケットを開いたら、3人のアジア人の写真

あれ?これって日本人じゃ…
名前を見て"Akihiro Nanba"日本人と確定。
うわー、このCD失敗したか…と思ってコンポに入れて、電撃が走った。

最初の曲は、Fighting Fists, Angry Soul(買ったのが輸入盤だったので)。
こんなかっこいいメロコアを日本人がやっている!
うわ、この人声かっこいい!
日本人やるじゃん!という上から目線。

それ以降、日本のアーティストにも目を向けるようになり、特にインディーズバンドにハマっていった。

ハイスタを始め、BRAHMAN、SUPER STUPID、THE MAD CAPSULE MARKETS、BACK DROP BOMB、COCOBAT、REACH、WRENCH、SOBUT、KEMURI、などなど。

クラスメート経由でインディーズマガジンの存在を知り、付録のCDを楽しみにしていた。

伝説の番組 HANG OUTは毎週チェック。
番組の懸賞にハガキを送り、見事「歯ぐきダッシュ」(現B-DASH)のデモテープに当選したこともある。
最初で最後の懸賞当選だと思う。

その後に発売されたハイスタの「MAKING THE ROAD」は間違いなく殿堂入り。

当時のインディーズバンドの音源は、感性豊かな時に知ったからか、今聴いてもカッコイイ。

AIRJAM2000での難波氏の「よっしゃ来い」を生で聞けて、本当によかったと今でも思う。

 

野音 Live on '94.6.18/19 / THE BLUE HEARTS

当時高3。


遅すぎるブルハの目覚め。
NUFAN以降、ずっとメロコアばっか漁っていた当時の私に早く気付けと教えてやりたい。

クラスメートにブルーハーツ好きがいて、彼には
「そんなメジャー聞いてないでハイスタ聞けよー」とか勧めていた。
友人に「まぁ、このアルバム聞いてみ」と言われて渡されたのがこのライブアルバム。

もう、聞いて最初からぶっ飛んだ。
こんなカッコいいバンドが日本のメジャーにいたんだ!と。

それからというもの、手のひらを返して彼らのビデオとCDを漁りに漁ってどっぷり浸った。
「ブルーハーツが聞こえない」というビデオは何度となく見た。

野音のライブアルバムは楽曲的にベスト盤とも言える構成で、最後につれて畳み掛けるセットリストが最高。
メドレーが終わった後の情熱の薔薇で鳥肌。
最後の曲TRAIN TRAINでヒロトが感極まり、「栄光…」でトチるところがもうたまらない。

解散する前に知りたかったバンドNo.1。

 

Live Everything Everything / Underworld

当時20歳。

クラブミュージックにハマったキッカケは、このCD。

今までメロコア・パンクばっかり聞いていた私にとって、この長く単調なビートの継続は最初意味がわからなかったが、DJの師匠が「このライブ、繋げてないのにかっけーよ」と騒いでいたから聞いた、というのが本音。

TRAIN SPOTTINGのラストに使われていたBORN SLIPPY NUXXがあったのであまり抵抗なく入れたのと、現場の楽しそうな空気が感じられるのが良かったのかもしれない

このアルバムを聞いて、Underworldへの興味が湧きエレクトラグライド2000への参戦を決意。
結果、自分と同行者の中で「エレグラ伝説」と唄うほどの思い出となる。

 

エレグラ伝説 詳細

エレグラ当日は、REVOLBER FLAVOURというインディーズの祭典とダブルヘッダーであった。
メンツは、BACK DROP BOMB、MASTER LOW IQ 1、SHAKKAZOMBIE、BRAHMAN。

私ともう1人の友人2人組はZEPP TOKYOで上記バンドのライブ観戦を終えた後、アドレナリンMAXの状態で幕張メッセへ向かった。

ちなみに、チケットはダフ屋で値切って買う予定だった。
幕張メッセの会場が埋まるほどのフェスなどないと、高をくくっていたのだ。

ところが予想は大きく外れ、海浜幕張駅に着いた私たちは愕然とした。
ダフ屋も困るほど海浜幕張駅前のチケットは枯渇していたのだった。

そこで友人と相談し、初めて改札口で「チケット譲って下さい」の人になる事を決意。
しかし全くもって保有者が捕まらず、終電もさしかかり、11月末の寒さも追い打ちをかけてくる。


すると、挫折しようとしていた我々の元に神が舞い降りた。
「チケット探してるの?1枚あるよ。あげる!」

…え、あげる? くれるの?
死にかけた私達にとって、それは神そのものだった。

他の人達はチケット保有者を見つけても値段をふっかけられている中、私たちのところに来て、チケットをタダで1枚渡してくれたのだ。

なんかちょっと奇抜な服装で、おそらく業界関係者だったのだと思う。だが、興奮のあまり身なりを覚えていない。
神に深々とお辞儀をし、見送る。


Underworldのライブ開始時間が迫っている。
残り1枚のチケットは、値段を気にしている余裕はない。時間優先。
しかも、1枚タダで手にしているのだから2倍までは出せる。

残り1枚はなんとか定価の倍でなんとかチケットを譲ってもらい、結果定価での入場に成功。
入場した時は、Orbitalがちょうど終わった頃だった。
直ぐにUnderworldが開始。間に合った。
始まりはCowgirlだった記憶。

あのピースな笑顔の空間、一体感の初体験は忘れられない。
オーディエンスは個人個人が好き好きに、笑顔で、時には手を挙げたりして、踊りまくっている。

いままではライブといえばモッシュ・殴り合いが普通だった価値観が、一気にぶっ壊れた。
なんか、大人だな、って思ったのと、単調なリズムで踊る楽しさをそこで学んだ。

当エレグラのライブではREZをやらなかったため、周りはライブセットを酷評していたが、クラブカルチャー自体が初心者の私は全てが衝撃のあまりにセットリストの記憶はあまりない。

その後のルークスレイターのDJがやたらバキバキしててかっこよかったことは、なんとなく覚えている。


この日をキッカケに、聴く音楽はクラブミュージックに大きく傾倒した。
そのキッカケを作ってくれたのが、このアルバムである。

今やUnderworldがフェスにラインアップされていても裏でやっているアーティストを優先してしまうくらいの存在になってしまったが、素晴らしいキッカケを作ってくれた彼らに感謝。

 

Anasthasia 2001 / YOJI BIOEHANIKA

当時20歳。

YOJI氏は、見せるDJもいるんだな、と思わせてくれた存在。
クラブで遊ぶ楽しさも教えてもらった。

エレグラ以降クラブミュージックを掘り続け、CISCO HOUSE Pt.2にてこのレコードに出会い、YOJIの存在を知る。
テクノやトランスとはまた違った暴力的なビートと派手な展開。ジュリアナの進化版というのが第一印象。

もともとジュリアナには幼少期なりに興味を持っていたので、まさにAnasthasiaをリメイクしたこの曲は"ど"ストライクだった。
このジャンルがNU-NRG(ニューエナジー)だと知ってからはニューエナの情報収集に注力するようになり、彼のMixの楽曲から掘り下げたレーベルやHELLHOUSEの音源は、必ずチェックしていた。主にCISCO HOUSE Pt.2とGRHOOVYに必ず立ち寄り、ハードハウスやNU-NRGのレコードを買いまくった。

CISCO HOUSE Pt.2に置いてあった「VIVA」のフライヤーで彼のレジデンスパーティーが有ることを知り、初めて新宿リキッドルームに足を踏み入れた。

隔月で行われていたVIVAには、しばらくの間皆勤した。
新宿リキッドルームのちょっと怪しい空間と、胸をどつかれているような低音を鳴らすサウンドシステムが大好きだった。ああいうクラブ、他にないよなぁ。

VIVAの客層は少し奇抜で、FETUSやUFOを着こなしルミカライトを持ち、チュッパチャップスを舐めている。中にはガンギマってる人もいて、被害を受けない程度に怖い。

「火ィかしてぇ〜」
と寄ってきたお姉さんが隣にくっついて座った時に、やたら肌が冷たくてこちらの肝も冷えた事を鮮明に覚えている。

 「どこから来たの〜」とか
「誰と来たの〜」とか
どこか妖艶な声の質問に必要最低限の単語だけで回答することが精一杯だったのだが、あれは逆ナンだったのかも知れない。
と、思い出を美化。

VIVAの内容に戻ろう。
レジデンスDJ、SHOKO-Fのプレイは、黙々と暴力的なスピードテクノやテックハウスをかけ続けるスタイル。
彼がプレイしている楽曲は好きだったのだけど、レコ屋で音源が本当に見当たらなかったのが悔やまれる。

その後、NISHやLAB-4のゲストを経て登場するYOJIの神々しさ。
寸分狂わぬ曲繋ぎ、他人の曲を自分の曲かと思わせるオーバーアクション。
その当時のヒーローだった。こんなかっこいいDJがいるのかと。

VIVAの選曲と空気感が好きすぎて、このためにMDLP対応録再ウォークマンと小型マイクを買い、オープンからクローズまでエビアン1本でリキッドルームに入り浸り、毎回録音していた。
恐らく、あのリキッドルームの中で客単価が1番低かった人間だったと思う。

安物のマイクだから音質は聞けたものではなかったが、埼玉の奥地に帰るまでの道中で、さっきまでのクレイジーなムードを思い出すには十分だった。
フロアで気に入った曲のメロディをうろ覚えにしない事にも一役買ってくれ、レコードを買い逃す事も減った。

VIVAは大好きなパーティー空間でもあり、DJの勉強の場でもあった。
自分のDJに大きい身振り手振りがついたのは、間違いなく彼の影響である。

クラブとDJのことしか考えてなかったあの当時、楽しかったなぁ。

 

Mix-up vol.2 / Jeff Mills

当時20歳。

名作Mix-upシリーズの中でも、これは思い出の1枚。
このCDで、ミニマルテクノはMixで活きる音楽であることを知った。

もちろん、単調なビートが永遠と続く1曲をずっと聞くことに快感を覚えている人もいると思うが、自分にとってこのCDを聴いてからは、テクノ(特にミニマル)の曲はMixに使われるパーツ、という概念になった。

もともとUnderworldから入り、トランス、ハードハウス、ニューエナと聴いてきた自分にとって、テクノは少し地味で飽きてしまうジャンルとして分けられていた。
要は、上記ジャンルは1曲の中に起承転結があるが、テクノにはそれがなく、楽しみ方を見いだせずにいた。
(なら聞かなきゃいいじゃん、って話なんですが、要は色々きいてる人間がかっこいいと思っていたのでしょう)

それでもよく見るこのJeff Millsという名前と賞賛の数々。
ディスクユニオンで中古が安かったので、買ってみた的なノリだったと思う。

で、聴いてすぐにテクノの固定概念をひっくり返された。
彼のMixは当時の自分にとって斬新なもので、とにかくクイックミックス。BPMもやたら速い。
ターンテーブル3台を使って曲同士が重なっているうちに次の曲へ展開していく。

どこかのBlogでこのCDをレビューしていたフレーズを引用すると、
「矢継ぎ早にバキバキのハードミニマルを引きちぎっては叩きつける」
まさにこんな感じ。
荒々しく続いていくテクノの洪水に巻き込まれながら埋まっていく感覚。

このCDで、1つの数十分のMixが1つの曲になっている感覚を初めて掴んだ。
今ままでMixを「点のあつまり」でしか聞いていなかったのだが、「線」で聞けるようになった。

簡単に言うと、地味な曲をうまくつなげていくと、全体を通して聞いた時にすごく面白くなる、ということを知った。

Magneze / Surgeon
Changes of Life / Jeff Mills

上記の曲が始まる瞬間が当Mixのハイライトだと思っています。

この後、石野卓球氏のDJF400に出会い、もっと地味な方向へ向かっていくのであった。

 

Code4109 / DJ KRUSH

当時21歳。

新たなクラブミュージックの価値観。

今まではアッパーな音楽こそクラブミュージック、DJはビートつなげてなんぼと思っていたが、このMix CDで見解が広がった。
ダウンなビートとムードの繋ぎ。今思うと、なんとなくJAZZっぽい気がする。噛めば噛むほど味が出る。

このCDを聴くキッカケを作ってくれたのも、私のDJの師匠。
猛烈に勧められて試聴しないで買ったものの、買った当初は「なんだこりゃ」だったのだが、今となっては殿堂入り。

THA BLUE HERBやPREFUSE 73、RYOW ARAIなどアブストラクトなビートに興味を持つ入口となったのがこのMix CD。

今聞いたってカッコイイ。
むしろ、今聴いたほうがゾクゾクくる。

KRUSHさんサイコーっす。

 

ristorante / Nujabes (Mix Tape)

当時21歳。

恐らく、このテープは生涯「心のベストテン第一位」。
自分の今のDJスタイルの礎となっている1本。

縦横無尽なオールジャンルの45分×2本。
多岐にわたるジャンルを文句無しにオシャレにまとめている。かっこ良すぎる。
このミックステープから、色々なアーティストを知ることもできた最高の90分。

A面
Jazzyなビートから入ってアブストラクトを挟み、Bossaを通じてEpleで〆。
UNKLEのRemixからの展開がカッコよすぎる。

B面
BPM110くらいのブレイクビーツをつなげていって、途中でJamiroquaiのCanned Heart Remixを挟んで少し遊んだ後にハウス、優しいSambaでフェードアウト。

後味スッキリ。まさに、ristorante!

HYDE OUTがオシャレすぎて近づき難かったのだが、このテープはオシャレかつ渋く、しかも遊びが要所に組み込まれている。こんなMixをいつかは残したい。

私がMixを作るときは「あなたのロングセラーになりたい」がテーマです。

 

 

以上、自己満足でした。

自分的ロングセラーのCDを集めたらまた全く違う9枚になるんだろうけど、思い入れが強い方が書いてて楽しいのでこの構成にさせて頂きました。

ご清聴ありがとうございました。